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コラム

2024年11月25日

電気自動車(EV)産業のその後


一般社団法人経営研究所
所長 藤本 隆宏


所長の藤本です。諸事情あってこのコーナーが滞りすみません。再開します。
前回の掲載は2023年初めで、電気自動車(EV)のみが正解・正義であるかのような議論が世に溢れていた。私は、それらが科学的にも論理的にも怪しい一方的な議論だと批判したのだが、掲載をお休みしている間に、実際に「EVオンリー論」の無理や盲点があれこれ露呈した。そうこうするうち、世界のEV販売成長も減速し、結果的には、私が言っていた、より常識的な「総力戦」「多様性重視」の方向に落ち着いてきた感がある。

とはいえ、これでEV産業の成長が終わったわけではない。EVに過剰に期待すれば、次は過剰に失望し、右往左往するだけだ。現状は、今後長く続く次世代自動車間「産業マラソン」の前半戦の一場面に過ぎない。今のEVは長所も短所も多いので、弱点を1つずつ克服し、急成長と停滞を繰り返しながら徐々に存在感を高めるだろう。一方、電気自動車以外の各種ハイブリッド技術、カーボンニュートラル燃料、移動者の行動変容などによる地球温暖化対策の「総力戦」は続く。『中央公論』12月号の拙文もご覧いただければありがたい。

2021年以後の中国EV生産の急拡大と先進国のパニック反応に関して、ここで指摘しておきたいのは、自動車の電動化(EV)とデジタル化(SDV)が融合した、いわばSoftware-defined EV(SD-EV)である。中国自動車産業が(過剰生産や経済停滞の問題を抱えながらも)2023年に世界のEV市場の6割を制してEV強国になった背景には、EV・電池産業に関する中国企業・政府の長期戦略に加えて、米テスラ発で、車載コックピットの大型モニター上でエンターテインメント系のアプリケーションソフトが次々とアップデートされ躍動する「SD-EV」が、中国の若年・高所得・デジタルキッズ層の心を掴んだことが大きい。今のところはかなり中国特殊的な市場現象だが、長期的には、これが世界市場の若年層に深く浸透していく可能性も視野に入れるべきだろう。

SD-EV の成功にとって不可欠なのは、①アーキテクチャがモジュラー寄りのアプリケーションソフトと、②インテグラル寄りの車両制御(組み込み)ソフトという、更新サイクルの異なる2領域を両立させる車載オペレーティングソフト(OS)の存在である。今のところ、各社独自開発のApple的OSと、業界標準のWindows的OSが並立しそうだが、いずれにせよ、テスラや新興中国勢などのEV専業メーカーは、制御ソフトが比較的簡単な分、既存の大手自動車メーカー(多様なパワートレインを制御する必要がある)に対しOS開発で先行できた。それが2020年代前半の中国勢の猛ダッシュにもつながった。トヨタもVWも車載OSで遅れをとっており、その後の競争展開も不透明。2024年には中国市場依存度の高いドイツ勢がピンチに陥っている。

車載のソフトウェアがモジュラー的部分とインテグラル的部分に分かれる点で、SDVは「Software-Divided Vehicle」と呼ぶべきかもしれない。結局、現在のEV情勢は、サステナブル(S)、デジタル(D)、グローバル(G)という「大きなSDG」が勢ぞろいした複雑なゲームと化している。ここには、前出の上空・中空・低空モデルが応用できる。それについては次回に。
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